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福岡地方裁判所 昭和63年(ワ)937号 判決

原告(反訴被告)

市来重幸

被告(反訴原告)

中島滕義

主文

一  別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する損害賠償債務は、二四万八三六二円を超えては存在しないことを確認する。

二  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、金二四万八三六二円及びこれに対する昭和六二年九月二八日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告(反訴被告)のその余の本訴請求及び被告(反訴原告)のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを八分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

以下、原告(反訴被告)を単に「原告」、被告(反訴原告)を単に「被告」という。

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 別紙交通事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)に基づく原告の被告に対する損害賠償債務は、一二万円を超えては存在しないことを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 原告は被告に対し、金一二八万一二〇〇円及びこれに対する昭和六二年九月二八日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

被告の請求を棄却する。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

本件事故に基づく原告の被告に対する損害賠償債務は、後記(四の2項)のとおり一二万円であるところ、被告は原告に対し、右事故に基づき、原告に対する右金額を超える損害賠償債権を有すると主張している。

よつて、原告は、右債務は金一二万円を超えては存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

本件事故に基づく原告の被告に対する損害賠償債務が一二万円を超えないことは争い、その余は認める。

三  抗弁

1 (交通事故の発生)

本件事故が発生し、原告は右事故に基づく被告の損害を賠償すべき責任がある。

2 (損害)

本件事故に基づき、被告は次のとおり、合計一二八万一二〇〇円の損害を被つた。

(一) 本件事故の被害車両(以下「本件車両」という。)の修理費用として、三三万五〇〇〇円。

(二) 本件事故発生当時、本件車両のトランクに入れてあり、本件事故により破損した釣り道具の修理・買替え費用として、九万七二〇〇円。

(三) 本件車両は、本件事故前には時価九一万五〇〇〇円と評価できたのに、本件事故による損害の修理後には時価八〇万円となつてしまつたことによる、一一万五〇〇〇円の車両評価損。

(四) 昭和六二年一〇月一日から昭和六三年二月一日まで、本件車両の代車として、レンタカーを使用したことによる代車使用料四六万四〇〇〇円。なお、代車使用期間が長期になつたのは、原告または原告を代理する保険会社の担当者前園輝男(以下単に「前園」という。)の示談交渉に対する怠慢により本件車両の修理開始が遅れたことによるものであり、被告の責任ではない。

(五) 原告が任意に損害賠償をせず、却つて本訴を提起したため、被告は反訴を提起しなければならなくなり、そのために必要となつた弁護士費用として、二七万円。

四  抗弁に対する認否及び主張

1 抗弁1は認める。

2 抗弁2については、本件車両の修理費用として三三万五〇〇〇円を要したことを認め、その余は否認又は争う。

(一) 釣り道具の修理・買替え費用は、九万七〇〇〇円である。

(二) 車両の評価損は修理費用の一割ないし三割とみるべきであり、本件では一割五分とみるのが相当であるところ、本件では修理費用は三三万五〇〇〇円であるから、本件車両の評価損は、五万一〇〇〇円である。

(三) 賠償すべき代車使用料は、車両の修理相当期間分のみと解すべきところ、本件ではそれは六日間分とみるべきであるから、一日分を四五〇〇円とすれば、二万七〇〇〇円である。代車使用期間が長くなつたのは、車両の修理ではなく車両の買替えを求める等、被告の示談交渉に臨む態度が余りに強引だつたからである。

仮に、被告と原告側との示談交渉開始が遅れたことも代車使用料が増大した原因であるとしても、昭和六二年一〇月二〇日の示談交渉開始後すぐに被告が本件車両を修理に出していれば、本件事故発生の三〇日後には修理を完了できたはずだから、賠償すべき代車使用料は、一日分を四五〇〇円として三〇日間分の一三万五〇〇〇円に限られる。

(四) さらに、原告側は、すでに被告が要した費用の内金三九万円を支払つている。

以上により、本件事故に基づき原告が被告に対して賠償すべき損害額は、車両修理費用として三三万五〇〇〇円、釣り道具の修理・買替え費用として九万七〇〇〇円、本件車両の評価損として五万一〇〇〇円及び代車使用料として二万七〇〇〇円の合計五一万円から原告側の既払分の三九万円を差引いた一二万円である。

(反訴)

一  請求原因

1 本訴の抗弁1と同じ。

2 本訴の抗弁2と同じ。

3 よつて、被告は、原告に対し、不法行為たる本件事故に基づく損害賠償請求として、金一二八万一二〇〇円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和六二年九月二八日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1は認める。

2 本訴の抗弁に対する認否2と同じ(但し、「抗弁2」とあるのを、「請求原因2」と読み替える。)。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一本訴について

一  請求原因は当事者間に争いがない。

二  抗弁1(本件交通事故の発生及び原告の損害賠償責任)は当事者間に争いがない。

三  そこで、抗弁2(損害)について判断する。

1  (修理費用)

本件車両の修理費用として三三万五〇〇〇円を要したことは、当事者間に争いがない。

2  (釣り道具の修理・買替え費用)

被告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる乙第三号証によれば、本件事故当時、本件車両のトランクに入れてあり、本件事故により破損した釣り道具の修理・買替え費用として、九万七二〇〇円が必要である事実が認められる。甲第五号証のうち、右認定に反する部分(金額の相違)は採用できず、他に右認定に反する証拠はない。

3  (車両評価損)

成立に争いのない甲第一号証及び乙第六号証の一、二によれば、本件車両は昭和六二年式の日産ブルーバード・セダン一八〇〇cc・SLX―Gで、初度登録は昭和六二年三月であり、エアコン付きで、本件事故前には、少なくとも時価九一万五〇〇〇円であつたことが認められ、他方、証人前園輝雄の証言(以下「前園証言」という。)により真正に成立したと認められる乙第七号証によれば、本件車両の修理後の評価額は、八〇万円であることが認められるから、本件車両は、本件事故により、その差額である一一万五〇〇〇円の評価損を生じたと認めるのが相当である。

4  (代車使用料)

(一) 成立に争いのない甲第三、第六号証、乙第一、第四及び第八号証並びに前園証言及び被告本人尋問の結果によれば、本件車両は、本件事故により、リヤバンパー、リヤパネル、フロントバンパー等の交換や、リヤパネル等の塗装等の修理を要する損傷を受けたので、原告と自動車損害保険契約を締結しており原告から示談交渉の委託を受けた訴外住友海上火災保険株式会社(以下「保険会社」と言う。)は、昭和六二年一〇月一日、訴外日産カーリース株式会社よりレンタカーを借り受け、被告に本件車両の代車として使用させるようにしたところ、本件車両の修理が完了したのは昭和六三年二月一日であり、被告は同日までレンタカーを使用したため、代車使用料が四六万四〇〇〇円に上つたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(二) この点につき、原告は、このように代車使用料が嵩んだのは、被告が本件車両を修理に出すのが遅れ、そのため修理の完成が遅れたことによると主張し、被告は、修理に出すのが遅れたのは、原告または原告を代理する保険会社の担当者である前園の示談交渉に対する怠慢によるものであり、被告の責任ではないと主張する。

そこで、この点について判断するに、以下の理由により、原告が被告に賠償すべき代車使用料は、四万一一六二円に限られると認めるのが相当である。

(1) 前園証言により真正に成立したと認められる甲第一号証、成立に争いのない甲第三、第六号証、乙第一号証、前園証言及び被告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨によれば、本件示談交渉及び本件車両修理に至る事情として、以下の各事実が認められ、被告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

ア 昭和六二年九月二八日の事故当日、被害車両を運転していた訴外青木洋子から事故についての連絡を受けた被告は、原告に電話で連絡をとつたところ、原告は、保険会社の保険に加入していると述べた。他方、被告は、福岡日産自動車株式会社(以下「福岡日産」と言う。)に本件車両の修理見積・査定を依頼した。その上で、被告が、保険会社に電話をして、福岡日産に本件車両を入庫して修理見積りを依頼したことを伝えた。

イ 同月二九日、保険会社の担当者である前園は、被告に電話で連絡をとり、本件車両の修理についての具体的な指示はしなかつたものの、被告が通常の修理をするのなら構わない旨を述べた。他方、被告が、本件車両の修理費用、代車使用料及び釣り道具の修理・買替え費用の他に、本件車両の評価損として一〇万円の補償を求めたところ、前園は、評価損の補償は拒否し、ただ、被告が評価損の補償を求めていることを原告に伝えることだけは約束した。さらに、保険会社は、アジヤスターに本件車両の調査を依頼し、福岡日産から、本件車両の修理費用は三三万五〇〇〇円であると見積をえた。なお、後に至るまで、被告は、この見積額に対する不服は述べていない。

ウ 同年一〇月一日、前記(一)で認定したとおり、保険会社は本件車両の代車としてレンタカーを借り受け、これを被告に使用させるようになつた。保険会社の担当者である前園は、レンタカーの借主は被告ではなく保険会社であるということを認識していた。

エ 本件事故の後、同月中旬まで、被告は、度々原告に電話で連絡をとり、直接の示談交渉をするよう要求したが、原告は仕事で出張がちであつたため、原告と会うことはできなかつた。

オ 同月一九日、原告は、初めて被告と会い、被告に対し、本件車両の評価損として、一〇万円の支払いを提示した。しかし、被告は車の買替えを要求し、原告がこれを受入れなかつたため、示談はできなかつた。

カ 同月二一日、原告と前園は、被告を訪ねた。保険会社の担当者が被告と会うのは、これが初めてであつた。原告と前園は、被告に対し、保険会社が修理費用・代車使用料を負担する他、原告自ら本件車両の評価損として一〇万円を支払うという示談案を示したが、被告は車の買替えを要求し、交渉は決裂した。そこで、前園は、被告に対し、弁護士に依頼して訴訟を提起する旨を告げ、また、レンタカーを早く日産カーリース株式会社に返還するように要請した。これに対し、被告が、レンタカーを返したらタクシーを使い、その料金を保険会社に請求する、というと、前園は、「それならレンタカーに乗つていてください。」といつた。

その後、昭和六三年一月上旬まで、被告は、原告や保険会社に対して、示談を進めること、さもなくば訴訟を提起することを度々要請したが、交渉は進展しなかつた。

キ 昭和六三年一月一四日、原告の代理人となつた弁護士岡田基志(以下単に「岡田」という。)が被告を訪ね、示談交渉を行つた。岡田は、被告の新車の要求を拒み、被告が本件車両の全塗装を要求すると、その要求も断つた。同日の交渉では、岡田から、本件車両の修理費用、代車使用料全額、釣り道具の修理・買替え費用及び本件車両の評価損を原告側が負担する、という示談案が提示されたが、評価損をいくらと見るかという点で意見が合致せず、示談は成立しなかつた。この日、岡田は、被告に対し、本件車両の修理を早く行うよう申入れた。

ク 同月二一日、岡田の使者が被告方を訪れ、新たな示談案を示したが、それは本件車両の評価損の負担を拒むものであつたため、被告に受入れられなかつた。

同日、被告は、福岡日産に対し、当初の見積どおりの修理を依頼し、この修理は同年二月一日に完了した。同日、被告は、本件車両の代車であつたレンタカーを返却した。

(2) 右認定の事実によれば、本件車両の修理開始が遅れ、代車使用料が増大したのは、昭和六二年一〇月一九日までの期間については、被告が原告や保険会社に直接会つて交渉するのを待つていたためであり、同日以降の期間については、被告が車の買替えを要求して示談が成立しなかつたので、被告において本件車両を修理しないまま放置していたためであると解される。本件車両の評価損の問題、したがつて原告との直接の示談交渉がないことは、本件修理の実行になんら支障とはならず、また、前記(一)に認定した程度の、修理可能な損傷しかない本件車両に対し、買替えを要求することができないことは明かである。

そして、本件事故当日である昭和六二年九月二八日、被告から、本件車両を福岡日産の整備工場に入庫して修理見積を依頼した旨の連絡を受けた保険会社の前園は、翌二九日電話で被告に連絡をとり、具体的な修理方法の指示はしなかつたものの、通常の修理は構わない旨を伝えたのであるから、被告としては、少なくとも同日には、本件車両の修理を開始しうる状態にあつたと認められる。そして、(1)で認定したとおり、本件車両の修理は、昭和六三年一月二一日から同年二月一日までの一一日間を要したことが認められるから、被告が、その時点で直ちに本件車両を修理に出しておれば、昭和六二年一〇月一〇日には修理は完了できたはずである。

したがつて、代車使用料については、被告がレンタカーの使用を始めた同月一日から同月一〇日までの一一日分のみが、本件事故と相当因果関係にある損害と認められる。そして、(一)で認定したとおり、同月一日より昭和六三年二月一日まで一二四日間の代車料が四六万四〇〇〇円であるから、一日当り三七四二円(円未満四捨五入)となり、右一一日間の額は四万一一六二円となる。したがつて、原告が賠償すべき代車使用料は、四万一一六二円に限られるべきである。

もつとも、被告は、昭和六二年一〇月二一日の示談交渉の際に、前園が被告に対し、レンタカーに乗つていてくれといつて、代車使用継続を容認したのであるから、代車使用料は原告側で負担すべきであると主張する。たしかに、(1)で認定したとおり、右示談交渉の際、前園が、被告に対して代車を早く返すよう申入れ、これに対して、被告が、代車を返すのならタクシー料金を保険会社に請求すると答えたところ、証人前園は、それなら代車に乗つていて下さい、と発言したことが認められる。しかし、保険会社の担当者が本来は保険会社の補償の対象にならないものについて、簡単に補償を約束するとは考え難い。右の前園の発言は、その発言の前後の状況からすれば、増大する代車使用料の補償を約したものとは解されず、むしろ、前園が代車であるレンタカーの使用の中止を申し入れたところ、被告がそれならタクシーを代車として使用するというので、そうなると更に代車料が増大し紛争が拡大することになるので、料金の高いタクシーを使用されるよりは料金の安いレンタカーを使用するようにいつたまでであり、以後のレンタカーの使用料を負担する趣旨を含むものとは到底解されない。被告の右主張は理由がない。

他に右金額以上の代車使用料について本件事故との相当因果関係を認めるに足る証拠はない。

5  (弁護士費用)

本件事故のため、被告が弁護士に委任して反訴を提起することを余儀なくされ、相当額の弁護士費用を必要としたことは、本件事故の内容、訴訟の経過等から容易に推認することができるところ、1ないし4に認定した事実等、本件事案の難易、請求額、後記の認容額、その他本件に現われた諸般の事情を斟酌すれば、右弁護士費用のうち、本件事故と相当因果関係に立つ損害として、原告が被告に賠償すべき額は、五万円と認めるのが相当である。

6  (損害の填補)

以上1ないし5によれば、原告が賠償すべき被告の損害は、合計六三万八三六二円であるところ、成立に争いのない甲第三、第四号証及び前園証言によれば、保険会社は、そのうち既に代車使用料として、三九万円を支払つたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

四  以上によれば、本件事故に基づく原告の被告に対する損害賠償債務は、前記1ないし5の損害額合計六三万八三六二円から前記6の填補額三九万円を差引いた二四万八三六二円ということになる。

よつて、原告の本訴請求は、本件事故に基づく損害賠償債権が二四万八三六二円を超えて存在しないことの確認を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

第二反訴について

一  請求原因1は当事者間に争いがない。

二  請求原因2に対する判断は、本訴の抗弁2に対する判断と同一であり、本件事故に基づき原告の受けた損害額は総額六三万八三六二円であり、そのうち三九万円の填補を受けたことが認められるから、結局、原告の被告に対して賠償を求めうる損害額は二四万八三六二円ということになる。

三  したがつて、被告の反訴請求は、右損害金二四万八三六二円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和六二年九月二八日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は失当である。

第三結論

よつて、原告の本訴請求は、本件事故に基づく損害賠償債務が二四万八三六二円を超えて存在しないことの確認を求める限度で認容し、被告の反訴請求は、右損害金二四万八三六二円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和六二年九月二八日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で認容し、その余の本訴請求及びその余の反訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言について同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 綱脇和久)

別紙 交通事故目録

日時 昭和六二年九月二八日午前一一時〇〇分

場所 福岡市博多区大字上月隈三四五番地先道路上

態様 被告所有の普通乗用自動車(熊五七る二八四七)に原告運転の普通乗用自動車(筑豊五五か二三〇一)が追突した。

責任原因 民法七〇九条

以上

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